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自分で「英語のルール」を見つけようとする子どもたち
 最近、ある小学校の先生からとても興味深い実践報告をいただきました。まずそれを
お読み下さい。

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  3年生のクラスでのことです。感情表現を導入していました。Happy, angry, sleepy, 
 hungry...などです。
 私  : When are you happy?
 子ども: おいしいものを食べるとき!
 私  : When are you sad?
 子ども: アイスクリームが落っこちちゃったとき。
 などと、やり取りをしていました。

  続いて、今度は私が、「じゃあ、足を踏まれちゃったら、Are you angry?  Or are
 you sad?」と聞きました。教室のあちこちから、“Angry!” とか、「気にしないよ!」
 とか、いろいろな声が上がったのですが、その中で、手を挙げて、“I am さでぃー.”と
  答えた子がいました。

  それを聞いて、私はその子どもが何を言いたかったのか直ぐにはわからなかったので
 すが、その子は、何度も、“I am さでぃー.”と繰り返しました。 'I am' とわざわざ
 つけて言っているので、英語のつもりだろうけれど…としばらく考えたのですが、はた
 と気づきました。Happy, angry, sleepy, hungry... みんな '-y' 終わっているのですね。
 だから、'saddy'  と言ってしまったのでしょう。これを間違いとしてしまっていいので
 しょうか。

  あっという間に規則性を見いだして、それをプロダクティブに使った実例だ!と、一
 人で感動してしまいました。いつもならば正しく言い直して聞かせるのですが、なんだ
 か勿体無くて、“Oh. Really?”と急いで返事をして、そのままにしてしまいました。

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 これを読まれた別の先生が、'this-that ; these-those' を使って表現活動をされていた
ときに、'these' を使えるようになった子どもが、'those' を 'ざーず' と言った、という事
例を報告してくださいました。これも、子ども自身が英語のルールを発見していく様子を
伝えていると思います。

 私自身も、ゾウはたくさん食べるから、The elephant likes bananas.と likes が複数
になっている、と考えついた子どもの事例などをいろいろなところで紹介して来ました。
子どもは文法を学ばない、英語を言語として身につける能力はないだろう、などという議
論がありますが、これは早急に改めなければならない大人の誤解だと思います。

 子どもたちは殆ど文字に頼ることなく、聞こえてくる英語だけを受け止めながら、経験
から判断して「英語のルール」を見つけようとしています。実は母語である日本語も同じ
ようにして自分で「ルール」を発見し、間違えながら訂正してだんだんにおしゃべりが出
来るようになってきたのです。あまり不思議がることはないのかもしれない、それより、
英語に関しては、そのような推理力は働かないのだ、と決めつけてしまうことの方がとて
も危険だ、ということです。過去のことを '-ed' を付けながら話して聞かせていた後で、
学校の遠足から戻った子どもたちに、“Where did you go?”と尋ねたら、“I wented 
to Hakone.”と答えてくれたこともありました。自分で考えて、少しでも正しく英語を
使おうとしている現れだと思います。結果は確かに正しい表現ではありませんが、このよ
うな ' 思いがけない“独創的な”間違い’が起こっているのです。その現場に居合わせる
ことが出来るのは、とても幸せなことですね。英語の授業でしか英語に触れる機会のない
子どもたちが、このように英語のルールを見つけて、英語で話そうとすることを励まして
いきたいと思います。   


●大事な蛇足

 この報告をしてくださった先生と話し合った大事なこと、それは、子どもの発話を促す
ために、先生の英語での問いかけに子どもが日本語で答えるのをそのままにしておいたり、
日本語で「じゃあ、もし足を踏まれちゃったら、Are you angry?  Or, are you sad?」
と日本語を少し挟み込むことの是非でした。

 すぐさま、「そんなこと私も頻繁にやってました!」と応じた人がいて、日本語で手短
に状況を作って、ポイントの部分は英語で話しかける、というやり方もいいのではないか、
との意見が出ました。私も賛成ですし、その方が授業の濃度を高める、と考えてきました。

 授業の中で日本語をどれだけ使ってもいいか、というのは古くて新しい問題です。第一
に守らなければならないことは、「聞かせようとする英語も、答えさせようとする英語も、
訳さない、すなわち、日本語で説明をしない」ということです。上の例でも、子どもに表
現させたいことについては子どもに考えさせていますし、訳もしていません。ただ、「足
を踏まれたら…」と新しい場面設定を手短に日本語で言っているのです。これを、もし英
語で“If somebody steps on your foot, how do you feel?  Are you angry?  Or, are
you sad?”と話しかけたら、前半の分からない部分につながって聞こえてくる、 分かる
はずの英語も聞き取れなくなって、不安にさせてしまうことでしょう。この新しい情報を
軽く日本語で聞かせて、発話を促す方に重点をおく方が、授業のテンポも崩れなくて、子
どもは今指導されている英語のポイントを外さずに判断して、自分の表現したいことを考
え出すことが出来ます。

 英語の話しかけに子どもが日本語で答えるのは、話しかけられた英語を日本語に訳して
考えているのではなく、英語をそのまま理解して、一番使いやすい言語で直ぐに応じてい
るのですし、コミュニケーションをとり続けるために、とてもいいことだと思います。慣
れてくれば、必ずこの「日本語」は減っていきます。


                                 久埜百合(中部学院大学)
2010.4.28.


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